神楽坂の本屋さんで

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日が暮れた後、武家屋敷のような作りの建物を両脇に望みながら、神楽坂の狭い石畳の道を歩くのが好きだ。この道がどこまでも続いていたら良いのに、と思う。

いや、別にそれ以外の道も好きだ。というか神楽坂が好きだ。

神楽坂に抱いている個人的なイメージの1つとして、小さな個人経営のお店が多いことがある。大手チェーン店に埋め尽くされた道なんてものは1つとしてない。

個人店の喫茶店、パン屋さん、八百屋さんなどが仲良く並んでいる。これらが”神楽坂”というシーンを作っているんだと思う。すごく月並みな感想だけれど、ゴッホの「夜のカフェテラス」を思い出す。

ちなみに、その出来事は午前中のことだった。

一仕事終えた自分が、外に出てきて気分転換がてら神楽坂の街に繰り出した。

3月にしては暖かい日で、太陽がニカっと笑っているような清々しい天気だった。

フラッと5分10分、何かで時間潰せないかなと歩いていたら、ドラえもんが都合よく用意してくれていたかのように、突如として本屋さんがそこにあった。

古書店というわけでもない。子供の児童書から新書、学術書など、一通りのジャンルを浅くカバーできる最小のサイズ感といった感じのこじんまりとした本屋さんだった。創業は数十年前で、今は2代目か3代目の子供がやられている、というような雰囲気がある。

僕はこういう本屋さんが大好きだ。古書店となると、なんだか来る人を選んでいるような空気感をどことなく感じてしまって、正直少し苦手だ。

良いなぁ、雑誌や写真集とかも置いてある。この空間にそれだけカバーできるなんて、まさにドラえもん。そんなことを思っていたら、知ってる顔が僕の目に飛び込んできた。

その顔は僕が確実に知ってる顔だった。しかし知ってる顔すぎて、名前が出てこない。このような感覚を覚えたことはあるだろうか。知ってる顔すぎると、つい自分の近いコミュニティの人間だろうと思って、頭のなかの連絡帳でその部分のページばかりを繰ってしまうのだ。

ただ、それでは一生見つからない。そこにいたのは菅井友香さんだったから。そりゃ知ってる顔だよ、でも名前が出てこなかったよ。

「向こうのプライベートで声をかけるのは失礼」。その事実は重々承知だ。

それでも神様、聞いてくれ。僕はこのときをどれだけ待ち侘びていたか。

わかった神様、僕はこの人以外の有名人に絶対に声をかけない、一生。だからこの機会だけ、許してくれ。

気づけば歩み寄って「あ…あの…」と話かけている自分がいた。

先方も流石の対応だ。僕が声をかける、その「あ」の文字を言うか言わないかくらいで、もうすでに徹底した”会話拒否”のモーションを見せてきた。

もちろん、僕に嫌な顔を見せつけてきたりするわけじゃない。

「ここは本屋さんで、話す場所ではないから」というようなニュアンスを見せるような形での明確な拒否である。

そこから僕はなんて言っただろう。

よくわからないけど「いやほんとに、ほんとに」とか言って、少しだけお時間をもらって話したような記憶がある。

帰り道、

「僕は都築怜と言いますと名乗って、noteを紹介して時間あるとき読んでみてくださいとかお願いすれば良かったな」

とか、

「連絡先渡したほうが良かったのかな。いや、連絡先渡さないほうが、またもし会えたときドラマチックで良いだろう。渡さなくて正解だったな、というか、今はもう渡せないわけでその判断を今してどうする」

とか、後悔を募らせながら帰路についた。あっという間の時間だった。

・・・

目が覚めるとベッドの上だった。

いやこれね、昨日見た夢の話でして。

だってさ、前に友達が「夢の話なんて面白くない」って言ってきたから、だったら最初に「これは夢の話です」っていわずに話してやろうと思ったんですよ。

僕の中で強く記憶に残っている夢なんて数ヶ月にいっぺん歩かないかのことだから、できれば思い出として残しておきたいんですよ。


元記事URL: https://note.com/reitsuzuki/n/nc1eedb7dac92
公開日: 2024-04-05 18:00