かっこいい=(良い)が意外と合ってる説

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*現在mediumからnoteへの移行中につき、記事の全文を無料公開しています。なお、こちらの記事は2021年9月1日に書かれたものです。
(ちょいと修正しました)

クイズ問題的な発想で、「(良い)」を「かっこいい」と読む、みたいなのありますよね。
もちろん、これはクイズ問題的な文脈でのみ存在し得る論理。本来は両者の間に意義的な繋がりが見出せるものではありません。しかし、「(良い)」が、意外とかっこいいを本質的に説明しているんじゃないか、と思った話です。

(良い)は(笑)みたいなもの

(良い)を(笑)のように受け止めてみると、意外とスッキリ腑に落ちる自分がいます。
括弧書きで前に続いていた文字列を良いと思った感じ。この場合、良いというのは非常に主観的なもので、その意味でも(笑)に似ているなと。

例えば、

・ジョンロブの革靴(良い)
・エアマックス(良い)
・手越くん(良い)
・ダニエルクレイグ(良い)

「カッコいいから」と言い続けてきた人生

思えば「なぜするか?」の返答で「かっこいいから」と答えたことが沢山あった。
友人にかっこよくなることしか考えてないやつ、モテたがりのナルシストと思われることもあったかもしれません。

そのとき、
「そうではない」と思いながらも、心のどこかでモヤっとしていました。
「なぜするか」という質問の回答が
「かっこいいから」ではない、ということでもなかったからです。

ただ、これは完全に僕の説明不足、
というより、言語に仕切れていなかった怠慢が原因。

要は、「なぜするか」→「カッコいいから」。
そして、ここにもう一個「why(なぜカッコいいと思ったか?)」を突っ込めたのです。
もう過ぎてしまったことは取り返しがつきません。
その代わり、今、丁寧に言葉に落とし込んでここに書き残す、ということが今の僕にできる最低限のなすべきこと。

テーブルマナーを身につけるって(良い)

例えば、テーブルマナーを知って、身につけるのが僕は好きです。
理由はもちろん、「カッコいいから」ではあるのだけれど、なぜカッコいいかを考える。
すると、下記3つの価値評価軸において高評価であったために、カッコいいと思った、と自覚できたような気がします。

**①余裕があるなら楽しんだ方が良い、という価値観
**生存に必要かどうかで言えば必要じゃないけど、余裕があるかどうか、あるならその余裕を楽しんだ方が良い、という価値観が僕にはある。マナーなんて別に守らなくたって栄養補給はできる、それでもそれを守って食べるというある種の貴族趣味を遊ぶ感覚は、僕の中で余裕を楽しんでいる。

**②自分が美しいと思った所作は身につけた方が良い、という価値観
**自分が美しいと思った所作を身につけた方が良い、という価値観が僕にはある。当たり前だろ、って思う人もいるかもしれないけど、それは違う。例え美しいと思っても、それを自分が体現しようと思わない人間も多い。

**③相手に合わせてもらうより、相手に合わせられる方が良い、という価値観
**僕は一緒にいる相手に楽しんでもらいたいので、心的不安を感じてほしくない。だから、あくまでも自分は完璧にマナーと言われるものを身につけておきたい。その上で、相手に合わせて食事を楽しむ。まだあるのかもしれないけれど、おおよそ上記の3つくらいの価値評価軸におきながら、総的に高評価であったので、僕は「(良い)」と判断し、テーブルマナーを好んで身につけようとしている、んだと思った。

結局「かっこいいから」。

では、日常生活で「なぜするの?」と聞かれて、先の説明をするかと言われたら絶対にしないでしょう。

僕自身、空気を上手に読み切れるわけではないにしろ、先の説明を延々とすることで空気がお葬式になることくらいは僕でもわかります。
つまり、ここまで説明はしてきたものの、結局「かっこいいから」と僕は相変わらず答えると思うのです。ただ、それでも良いです。
梯子で上に登って、その梯子を捨てただけ。
だから、過去の「かっこいいから」を言っていた自分とは明らかに違います。

かっこいいという言葉は、「(良い)」ということなんです。
それは任意の複数の価値評価軸において、総的に高評価だったことを直感的な判断の元、簡潔に言い表した言葉のことなのです。


元記事URL: https://note.com/reitsuzuki/n/n22a5b118d9b0
公開日: 2022-02-17 15:00