大人になるということ。

大人になるとは、半分以上はわかっている自分になること。

大人になりたくないと思う気持ちは、そのネタバレ感と今抱えている気持ちのギャップからくる歯痒さのこと。

学生の頃、表参道でバイトをしていた彼女をよく迎えに行っていた。

その日も、僕は原宿駅を降りて、一人表参道を急ぎ足で歩いていた。

一組のカップルとすれ違った。

どちらも高身長ですらっとしていた。

時間とお金の余裕を感じるような格好。

気づけば、精神的にも物理的にも、そのカップルを見上げるように見てしまっていた。

そのときの彼氏さんの格好、クルーネックのTシャツだかニットだかの上に、チェスターコートを羽織って、マフラーをつけていた。

このマフラーが当時、強烈な違和感として映ったのを覚えている。

というのも、その人は、ただ、マフラーを首から下げてるだけなのだ。

お風呂上がりのおじさんのように。ただマフラーを垂れ下げていた。

そんなん、あったかいの?

寒いなら巻けばいいし、必要ないなら巻かなくて良いじゃないか。

なにも見栄えだけのために、そんな格好して何が良いのかね?

当時、そんなことを思っていたような気がする。

そして今、僕は首からマフラーをたらーんと垂らしている。なんならそれが好きだ。

このマフラーの使い方が、実にちょうど良いことがわかったのだ。

垂らすだけでも首の後ろがとても暖かい。

でも蒸れない。暑すぎることがない。

昼間の寒いときとかは、きっちり巻いてしまうと暑いので、垂らしておく。

夜は寒いので巻いておく。そんな使い分けが気づいたらできてしまっている人間になっていた。

こんな「結局そうしてる」みたいなことが人生で何度もあった。

すると、流石に自分でもこんな考えがよぎるようになる。

「今こう思ってるけど、そのうちこうなるのかもしれない」と。

ここに気持ちの悪い歯痒さが生まれるのだ。

この前、2回目の『だが、情熱はある』をみていた。11話くらいだったか、オードリー若林さんがM1敗者復活を経て、ガラッと人生を変えていく。若林さんが雑誌『ダヴィンチ』でエッセイを書くことになって、そこでゴルフの話をしていた。

ついに、ゴルフを始めてしまった。

この書き出しで始まるエッセイでは、若い頃、ゴルフおじさんを”うがった”目で見ていたこと、いざ誘われて初めて見たら楽しかったことを書き綴っていた。

あの僕…ゴルフは人生で絶対にやらないと決めたし、なんなら記事にもしたんですよね。

そう思うと、いつか僕もゴルフをやるようになるのかな。


元記事URL: https://note.com/reitsuzuki/n/n8096687210df
公開日: 2024-02-16 18:00