弱者は弱者の味方をし、強者は強者の味方をする。どうすれば良いか?

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まずタイトルの訂正から(強い言葉で語弊がある)。

どの括りに置いてもマイノリティとマジョリティが存在する。
誰もがたくさんのマジョリティな性質を持っているけれど、そこに人は目を向けない。
マイノリティ(少数サイド)である部分だけに目を向け、そこに誇りや、驕りや、コンプレックスを持つ。
そう最近感じている。

そして、自分マイノリティ性だけに帰属意識を感じ、マイノリティグループに籠り、数少ない同類たちの味方をする。

「自分たちは優秀。」
「自分たちは馬鹿。」
「自分たちだけがわかっている。」
「自分たちだけが辛い。」

なんでそうするんだろう。

頭が悪いと思うなら東大生といれば良いのに。
頭は良いけど人の気持ちがわからない東大生はバーのマスターと(バーのマスターの学歴が低いと言ってるわけではないです)いれば良いのに。
お金がないならお金がある人といれば良いのに。
耳が悪い人なら耳がいい人といれば良いのに。
片付けが下手な人は片付けが上手な人といれば良いのに。
歌が下手な人は歌が上手な人といれば良いのに。
アートとかよくわからんみたいなロジックロボットコンサルマンは芸大生といれば良いのに。
僕みたいに肌にトラブルを抱えている人は肌が綺麗な人といれば良いのに。

なぜそう思うか、という話。

https://note.com/tsukasa_ichinose/m/m9427bf6d581d

幸せに生きていくのに1番大切なのは、関係性だと思う。
お金も大事、諸々のコンプレックスの克服も出来るならした方がいい。これらは大事だと思う。
ただ、1番を決めるなら人と人とのネットワークだと思う。
絶対的な「これ」が大切なのではない、なぜなら、全てが相対性のなかで意味づけされているから。
要は、人と人とを関係づけているネットワーク部分が何よりも大事なんだと思っている。

そのネットワークは、マイノリティ側で徒党を組むことではない。
同類な人は、自分の生活をしていれば集まってきます。
じゃなくて能動的にチームを作っていくのです。
色んな人とチームになって友達になってネットワークを作っておくのです。

料理が作れる人、洗濯が上手な人、車の修理が得意な人、人の話を聞くのが得意な人、喧嘩が強い人、起業家、弁護士、プログラマー、ゲーマー、スポーツ選手、お皿洗いが上手な人、山奥に住んでる人、漁師、…
各個人がノードとなって、彼らがwebのように繋がり合う。
こうして、沢山の線で結ばれているような関係性の構築をしておけば、何かで困ったことがあればみんなで少しずつカバーできるじゃん。

例えば、知り合いの弁護士が病気にかかったとする。
弁護士業務はその事務所の方に肩代わりしてもらえば良いけれど、それだけで全ての問題が解決するわけじゃない。
だから、洗濯が上手な方が洗濯をしに行き、料理が得意な人が料理を作って玄関前に置いておく。
人の話を聞くのが得意なバーのマスターが電話をかけてくれて、体がだるくても読める漫画を紹介してもらう。
漫画に飽きたらゲーマーが相手してくれるから、フォートナイトでもしていれば良い。

その意味においても、やっぱり僕はオンラインサロンというのは素晴らしい発明だと思う。
月額の課金額だけが参加に必要な条件だから、勝手に色んな人が入ってくるし。
けど中央には主催者がいて、そこに集っている形だから、生まれも育ちも違くても共通の話題はあって、関係性は作りやすい。


元記事URL: https://note.com/reitsuzuki/n/n056c56baaee0
公開日: 2022-10-31 17:00