所詮まやかし。

本論は問いになる前の部分の共有。
少なくとも文章作成における1つの重要な点に気づいたとは思っている。

主観的な気持ちを丁寧に汲み取ろうとするほど客観的になる。
楽しいものを楽しいまま届けようとする発想ではない。
発想としては、楽しい気持ちを言葉に閉じ込め、場所と時間を選ばずに、読んだ人にイリュージョン的に入り込んでもらえるよう設計する感じ。
そして、これが僕の目指すところですよ。

僕の書く言葉が、香水のように「まやかし」を見せるものであれたら良いなと思う。
音楽も似たところがあると思っている。
漫才も落語もそう。

音楽や何かで救われるというのは、結局まやかし。
頑張れと言われて勇気つけられたって、自分が頑張らないと状況は変わらない。
現実の今の客観的に観察される状況が変わるわけじゃない。

それでも、まやかしを纏って、まやかしに誤魔化されて、まやかしで誘って、まやかしに悩み、まやかしに勇気つけられ、まやかしを寝てる時も見る。
まやかしの中で生きてる。
メタバースっぽいところで既に生きてるようなもので。

まやかしの力はでかい。


元記事URL: https://note.com/reitsuzuki/n/n6c80f032c58f
公開日: 2022-12-28 17:00