毎日noteに投稿することが容易いのは、「ただ僕の得意ジャンルだったから」ということだけなのかもしれない。

別に自惚れ、ではないのだけれど。

いやむしろ捉えようによっては謙虚、いや怠慢?と言っても良いのかもしれない。

noteを見ていると、

  • 毎日続ける方法とか
  • 頑張って1ヶ月毎日投稿目指しますとか
  • 一時期頑張ってたけどもう音沙汰ないとか

まぁ続けるのが大変な人が多いんだなぁと思う。

そんな時、僕はこう工夫して続けているよ、なんて話をすることで、他人の何かが変わると思っているのは思い上がりなのかも知れない。

人にはきっとみんな得意ジャンルがあって、得意なことは頑張りやすいんだと思うんですね。

誰に何を言われたわけではないが、note投稿は僕の得意ジャンルのことなのかもしれない。

僕が頑張ったからとか、工夫してるからとか、努力してるから、とかじゃなくて、たまたまそういう人間だっただけなのかもしれない。

だって正直、僕note更新するの、全く苦じゃないですもん。

でね、だとするならば、もう少し頑張らないとあかんな、と思ったのです。

たとえば他の人が-10の心労でやっと10の結果を得ているとして、実は僕は頑張ってるとか工夫してるとか言いながらも、結局は-3くらいの心労で10の結果を得てるのかもしれない。

だとしたらさ、僕いばれなくないすか?

まぁ威張ったことはないつもりではいるけど、たった-3の心労を振りかざして、-10の心労をしてる人に、「こうすると続けられまっせ」なんて、言える立場じゃなくないすか?

だったら、僕は-10の苦しみを払って、30の結果を生み出すべきじゃないですか?

いや、得意ともなれば-30の苦しみでも、-50の苦しみでも良いから、周りに貢献できるものを生み出した方が良くない?と思った話。

はて、僕は今なんで、こんなことを思ったんだろう。GW終盤の夜に。わざわざ視聴中のネットフリックスを止めてまで。

ちなみに今、セックスライフっていうやつ見てる。オブセッションからの流れ。ちょっと官能映画、ハマりそうです。
※投稿順序入れ替わってて時系列少し変です。


元記事URL: https://note.com/reitsuzuki/n/nc6bec0d1961d
公開日: 2023-05-10 17:00